茶人と帽子の関わり、帽子の歴史。

2014.06.22(Sun)

昨日は完全に異国情緒のGo ouT。
主催メンバーには、私のエスニック服を貸してアジアンになりきって貰い、
参加者には私の帽子を家から40個くらい持ってってほとんどの人に被って貰った。
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非常に楽しい一日だった(笑)

さて、タイトルの通り、帽子の話、直接に私を知っている人は、私は超帽子好きだという事を知っている。
梅丸護衛忍者、もしくはスイーツ大使として忍者の恰好をしている時以外は、大抵帽子を持ち歩いている。
つまり月に30回くらいは帽子を被っている。
飾り化した帽子や頭飾りも含めると、持っている帽子は現在50個くらい(多分)

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帽子の歴史を調べようと思ったのは、帽子好きだという事も大きな理由だが…
つい1,2か月前に、近代小田原三茶人の一人、益田孝(鈍翁)が、日本で初めての製帽会社の創業に関わっている事を知ったからだった。

その事実は、私にとては茶人としての益田孝よりも興味をそそられるものだった。

今で言うところの帽子が日本に初めて登場したのは、記録としては約380年前の織田信長の時代。キリシタンの宣教師が被っていた山高帽らしい。

山高帽とは、真ん中が盛り上がっている帽子。
中折れ帽の中が折れてないタイプのもので、ボーラーハットというチャーリーチャップリンが被っているような帽子も山高帽と呼ばれる(事があるが、厳密には違うものだと私は思っている)

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明治4年の断髪令を期に急激に帽子(山高帽)が大流行。
しかし、女性には明治5年に断髪禁止令が出た為に普及しなかった。

当時の帽子は全て西洋からの輸入品だった。
国産帽が登場するのは明治10年頃との記述もあるが、最初の麦わら帽子が登場したのが明治4年の事だから、恐らくここで言う国産帽は山高帽の事なのだろう。

どちらにせよ、需要に追いつくほどの生産力は無く、供給はほんの少しだった。

その他の帽子としては、
軍帽が明治5年に制定されたのをきっかけにして、同じ頃に登場。
明治8年には、官制帽、トルコハット、防寒帽も作られ始める。

それから十数年後、日本の帽子に革命が起きる。
明治22年に設立された「日本製帽会社」の登場だった。
益田孝、益田克徳(益田孝の弟)、渋沢栄一、馬越恭平などが、山高帽の輸入が盛んなのを憂いて、その駆逐を目的として創立した会社である。

イギリスの技師2名を招聘して山高帽の製造に着手したのだが、イギリスと日本の間で大変な問題になったらしい。

そういった問題の影響もあったのかは分からないが、軌道に乗らず、わずか3年弱で解散寸前まで追い込まれ、明治25年11月、遂に解散の決議を為す。
が、明治25年12月、渋沢栄一、益田克徳らは、日本製帽会社を買収して、東京帽子株式会社を創業。再出発。

トーキョーハットの名前で売り出した東京帽子株式会社の帽子は、順調に事業を拡大していく。

明治27年頃、パナマ帽が大流行、また、山高、中折なども同じように流行の波に乗る。
昭和初期にはカンカン帽が大流行。
5,6年前、西野カナがカンカン帽を被っていた事で、世の中の女子ほとんどがカンカン帽を被っていた事は私の記憶には新しい。

さて、トーキョーハットは、ローマオリンピックでは日本選手団の帽子を製造。
東京オリンピックでも選手や役員の公式ブレザー用の帽子も製造。
支持も多大なものだったらしい。

こうして、日本でも当たり前になった帽子。
昭和初期は日本男性の95%が被っていたが、昭和40年頃には帽子を被らない世代が多くなる。
そして知っての通り、小田原には帽子専門店と言われる場所は西武の1Fに一つしかないのが現実。
個性的な帽子は、東京で探さないと難しいのだ。

しかも私の帽子のサイズは60センチ。
測るとわかるが、大体の人の頭の大きさは56~58センチ前後である。
つまり、個性的な帽子を見つけても頭に合わずに買えないという事も多々ある・・・。

そんな状況に憂いを少し感じながらも、今日も帽子を被っている。
今年はシルクハットが欲しいね。
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プロフィール

odawalife

Author:odawalife
小田原の食の伝道師お茶です。自他共に認める小田原好き。

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小田原スイーツ大使(小田原プロモーションフォーラム公認)
まち歩き観光ガイド@清閑亭
小田原スイーツ会会長

小田原海外市民交流会 YOIFA会長
地球市民フェスタ実行委員 主に広報担当
国際交流グループGo ouTの主催メンバー

小田原まちなか市場実行委員
最年少の足柄茶コンシェルジュ

早すぎた英雄梅丸の護衛担当忍者として活動していたり、えっさホイおどりで聯に所属し、踊っていたりします。

それから割とガチな帽子好き。
部屋には70個以上の帽子が住み着いています。

色々な方と関わるのが好きです。
よろしくお願いしますー!

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